文化財 × 先端技術でできること(3)
(前回の続き)
冒頭の3枚の画像は、いずれも織田信長像を表しています。信長の一周忌に制作された肖像彫刻(左)、17世紀にオランダで出版された本のイラスト(中央)、そしてこの本の文章を元に生成AIが作成した画像(右)。本物の肖像彫刻は、威厳に満ちた束帯姿の戦国武将の像であるのに対し、中央と右の画像は、まるで西洋の王侯や、仏像のような姿で描かれています。
なぜ、このようなギャップが生じるのでしょうか。
今回は、この謎を解き明かしながら、約350年前のクリエイターと現代の私たちに共通する「創造力の壁」について考察したいと思います。
南蛮貿易が興隆した織豊時代(1568-1600年頃)を経て、徳川政権の鎖国政策の下、西洋との唯一の窓口となったのはオランダ東インド会社でした。そのオランダ出身のプロテスタント改革派宣教師アルノルドゥス・モンタヌス(1625-1683)の著書『オランダ東インド会社遣日使節紀行』は、当時のヨーロッパにおいて網羅的に日本を論じた最初期の「日本誌」として知られています。
同書では、信長の自己神格化や本能寺の変について、日本側の史料は元より、イエズス会の書簡集ともイエズス会神学校での演劇の脚本とも著しく異なる記述がなされています。ここでは、中央のイラストに関連する文章のみ、生成AIを用いて要約します。
(1)都からわずか半時間の距離にあるドゥボ(Dubo)村に、信長は壮麗な寺院を建立した。彼はその寺院の中に、自身に生き写しの顔をした偶像を設置した。
(2)その偶像は、貝殻のように精巧な彫刻が施された円形の金属板の上に座っている。
(3)偶像の両腕は腹の上で組まれている。首には幅広のヴェールがかけられ、両側に大きく広がっている。胸元は、豪華な装飾が施されている。三重の真珠の紐が、首元、胴体、腹部を飾っている。しかし最も目を引くのは、頭部の王冠である。
(4)信長は室町将軍の王冠を奪い、それをドゥボの偶像に被せた。彼がこのようにしたのは、自身を神として崇めさせるためであり、信長の追従者たちは、常にその旨に従った。
イラストを担当した画家や版画家などのクリエイターは、著者のモンタヌス同様、来日経験がありません。このため、彼らはモンタヌスから提供された「オランダ商館日誌に所収されていたわずかな粗雑な絵」と、日本よりはるかに入手しやすい「中近東の絵」を頼りに、想像力を駆使しながら文字情報のビジュアル化を試みたとされています。
このため中央のイラストは、西洋の王侯とも仏像とも解釈できる、独特な姿で描かれました。これは、情報の偏りに加え、17世紀の西洋人が持っていた東洋に対するイメージ(思い込み)、そしてキリスト教的価値観に基づく偶像崇拝への意識が影響していると考えられます。
一方、右の画像は、現代の生成AIが上記(2)と(3)の文章を基に作成した信長像です。AIは、膨大なデータから最も可能性の高いパターンを学習し、画像を生成します。現時点において、AIはデータに含まれるパターンは学習できても、人間のように文化的背景や文脈を完全に理解することはできません。(技術の進歩により、将来的にはAIがより高度な推論を行えるようになる可能性は十分にあります)
このため、学習データの偏り(ex. 仏像の画像が多い)や文化的バイアス(ex. 像=仏像という思い込み)に影響され、「貝殻のような彫刻の円形金属板」「座る」「像」といったキーワードから「仏像の蓮華座」や「座った仏像」を連想し、結果として仏像に似た姿を生成しました。
17世紀のイラストと現代の生成AI画像は、どちらも情報の偏りと思い込みによる「創造力の壁」を示しています。これは、約350年を経た今でも変わらない、人間と技術の普遍的な課題といえるでしょう。
では、どうすればこの壁を乗り越えられるのでしょうか。現代を生きる私たちは、自分自身が陥りがちな「情報の偏り」と「思い込み」の存在を意識し、多様な視点から物事をとらえることが一層重要になってきます。弊社は、その前提の下、生成AIの特性を理解し適切に活用することで、人間とAIの協働による新たな創造の可能性を切り拓くことができると考えております。具体的な内容については次回以降、お話させていただけますと幸いです。
画像出典:
(左)京都観光Navi
(中央)Münchener Digitalisierungs Zentrum (MDZ)
(右)Microsoft Designerにより生成
参考文献:
フレデリック・クレインス、宮田昌明著「<資料研究>17世紀オランダに普及した日本情報 : デ・フリース『東西インド奇事詳解』における日本関係記述」、『日本研究』第33集、国際日本文化研究センター、2006年
モンタヌス著ほか『モンタヌス日本誌』、丙午出版社、1925年、国立国会図書館デジタルコレクション所蔵